指と気持ちで確認 彭鹏(代表)

日本に来て早や数年過ぎた。日本人は物事に対して、常に真剣に、ある日本人は事あるごとに指で確認し、次の行動を取ることに気づいた。
 最初そのことに気づいた時は、学校に入学した初日だった。その日、私は留学生として入学手続きした。私は書類を持って学生課に行った。そこで担当者に書類を渡して手続き終了まで椅子に座って待っていた。その時、担当者が書類を確認する際、口頭で言いながら指先で一つ一つ確認した。その後、全て確認したあと、彼女は「不備はありません。入学おめでとうございます。」とニコッと笑みをした。当時、私はそのことについておかしいと思った。日本人は物事に対して誇張しすぎだと思った。こんな書類手続きにも指で再度確認するなんで、滑稽だと思った。でも、その後、私はいろんな場所でその指先確認の風景を見ることができた。
 ある日、大学研究室で一日終り、日本人のクラスメートと一緒に帰ろうと思い、湯沸し器のコンセントを抜いたかどうか確認し、研究室内にある機材の電源を切ったか確認した後、クラスメートに「帰ろう」と言った。その時、ある日本人のクラスメートは「ちょっと待って」と言いながら自分で電源を切ったか確認し始めた。各機器類の前で指で確認しながら「よし、よし」と言った。私はそれを見て、大げさだと思い、大声で笑ってしまった。でも、その彼の真剣な表情に感化され、自分も同じように指で確認しながら「さっき私は確認したんだから、またそれを指で確認しなくてもいいじゃないか」と彼に言った。でも彼の顔は強張った表情で「指で確認しなくてもいいが、何でも規則に忠実にしていれば間違いないでしょう。また研究室はほかの人も利用する場所で、学校の財産であるし、火災とか起きた場合、すごく問題になる。いつも最後に研究室を出る人は最終確認する義務がある。確認する箇所はわかっているが、あらためて指で確認することによって、安心できる。」と彼は言った。彼のその言葉を聞いて、私は彼の強い責任感を感じた。その後数ヶ月たち、彼以外にも皆が最後戸締りする時は、皆同じように指で確認して帰っていた。もちろん私もその中の一人になりました。その後、私は最終確認というものは責任が伴うものだと気づいた。そして、日本各地どこでもそういう光景が見られるかどうか興味を持った。
 その後、大学を卒業し、ある自動車メーカーに働き始めた。御他聞にもれずその会社でも業務の中で指さし確認をすることがわかった。指先確認はその工場内の至る所で見られた。作業員ごと自分の業務を終えた後必ず指さし確認をして、各工程の終えたことを確認する。確認した後「よし」と言って次の工程に入る。私も同じように指先確認して次の工程に入る。
 指さし確認の光景は工場の敷地内でも見られた。ある日、私は日本人の社員と共に、ある作業場から隣の作業場へ部品を取りに行った。工場の敷地内はとても広く、その場所へ行くには工場敷地内の道を渡った。道を渡ろうとした時、日本人の社員は「左右の安全を確認してから渡らないとだめよ」と言って、元の位置にも戻された。彼は私の手を引っ張って、指さし確認しながら、左右の安全を確認し道を渡った。私はとても理解に苦しんだ。まさか道を渡るだけことなのに、指先で安全を確認しないといけないのかと思った。彼はこう言った「会社を出れば、別にそんな事をしなくてもいいけど、就業中は、会社の規則に従わなければいけないのだ。作業によって危険を伴う作業もある。気を抜くことによって大惨事になりかねないこともある。工場内はいろんな部品を運搬するフォークリフト数多く、油断する場合もある。だから、自分から左右の安全を指で確認して、事故を未然に防ぐ義務がある。」その時、私はある大学でのクラスメートの言葉を思い出した。「何でも規則に忠実にしていれば間違いない」
 その後も、似たような場面にでくわし、指さし確認は日本の至る所で行われていることがわかった。学校で、工場で、スーパーで、駅で、指さし確認はある場所だけでの行為ではなく、日本人全体の行為だ。日本の駅構内で見た光景はもっと私の印象に残った。
 日本の電鉄会社は高度な進歩をとげている。日本の電車はただ人が旅行するためだけ使うのではなく、通勤手段としても利用されている。東京はほかの都市よりさらにそれが顕著にあらわれている。各線路四方八方網の目のように繋がっている。人々は電車を通勤手段として利用している。私は電車に乗る際、常に先頭車両に乗って車掌の行動を見ていたら、ことあるごとに、指さし確認をしながら行動している。車掌は指で機器を指で確認し、出発する際も先方を見て「先方よし」と言った。駅に着いた。停車する際も車掌は再び指さしで安全を確認し、停車する。私はもう一つのことに気づいた。それは一番後の車両の乗務員も同じように指さし確認をしていた。その後の乗務員は出発する時、乗客の安全を確認した上で、先頭車両の車掌に合図を送る。その後は次の駅へ着いた際、すぐに電車から降り、停車位置などを指差し確認し、扉がちょうど乗客の前に来ているかどうかを確認する。
 ある日、私の日本人恩師とその話をする機会があった。先生は笑いながらこう言った「指さし確認はその責任感の姿勢の表れだ。すべての事に対して、真剣に取り組めば、こわいものはない。いろんな事柄に対して真剣に対応し、細かい所まで注意して、気持ちで確認したら、必ずすべての事に対して成長が見られる。ただ物事を確認するだけではなく、人間として成長していくことにも繋がる。それができるようになると、人から信頼され、いろんなことを任される。」と。中国には、『吾日三省吾身』(私は数多く自分自身の一日を反省する)とういう言葉がある。これも更なる人としての成長への確認である。それは気持ちの中で確認して、私はこれでいいか、間違いはないかと自問自答を繰り返す。それも自分自身で指さし確認をしているのと同じであり、自分自身の人格形成を確認していることでもある。
 指と気持ちで確認するのは私たちの基本姿勢になるべきだと考えている。